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東京女子医科大学病院 神経精神科部長 石郷岡純 先生
東京女子医科大学病院 薬剤部 副師長 髙橋結花 先生
かつて回復困難と考えられた統合失調症も、薬物療法を中心とした治療の進歩により、今日では多くの患者さんが症状をコントロールしながら社会生活を送れるようになった。
また、従来の治療で効果が得られなかった治療抵抗性の患者さんにも、症状の改善や機能の回復、外来での安定した治療継続に可能性が開かれつつある。
統合失調症の治療の現状をうかがいつつ、患者さんの社会復帰を見据えたチーム医療のあり方、医師と薬剤師の連携の可能性などについて、話し合っていただいた。
髙橋 現在、日本の統合失調症患者さんは、どのくらいおられるのでしょうか。
石郷岡 約80万人とする統計データがあります。有病率は人口の0.7%程度であり、決してめずらしい疾患ではありません。次第に病院で治療を受ける人が増えていることもあり、患者数は少しずつ増加傾向にあると言えます。
2011年には厚生労働省により、これまで医療計画に盛り込むべき疾患としてきたがん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病の「四疾病」に、新たに精神疾患を加えて「五疾病」とする方針が決定され、今後、より重点的な取り組みが必要な疾患に位置づけられるものと考えています。
髙橋 統合失調症患者さんでは、非常に多彩な症状がみられるとうかがっていますが。
石郷岡 幻覚や妄想、まとまりのない会話など、思考や知覚などに現れる「陽性症状」、感情の平板化、引きこもり、意欲の欠如、思考内容の貧困化など、感情や意欲に現れる「陰性症状」などがみられます。こうした特徴的な症状のほかに、仕事や対人関係、自己管理などの面における「社会的または職業的機能の低下」などの様々な機能障害、不安や抑うつなどの「神経症様症状」などもみられます。
これらの特徴的な症状や機能障害が一定期間継続して認められることで診断されますが、疾患の経過は患者さんによってかなり異なります。社会生活に支障がないほどまでに機能が回復するケースもあれば、生涯を通して周囲のサポートを必要とするケースもあるなど様々です。
髙橋 統合失調症の基本的な治療について教えてください。
石郷岡 治療は大きく分けて、薬物療法と心理社会療法の2つになります。薬物療法をベースに、心理社会的な治療法を組み合わせながら、症状の経過とともに、患者さんに合わせた治療を進めていくのが一般的です。
髙橋 薬物療法では、主にどのような薬剤が使われているのでしょうか。
石郷岡 薬物療法の主体となるのは、抗精神病薬です。抗精神病薬は1950年代から使用されるようになり、すでに60年近くの歴史があります。その間には様々な変遷がありましたが、1990年代に登場した第二世代抗精神病薬の登場は1つの転機となりました。
それ以前の第一世代抗精神病薬に比べると、患者さんのよりよい回復が望めるようになり、副作用も軽減されて、社会復帰をされる患者さんも増えました。現在では、第二世代抗精神病薬が統合失調症治療の中心となっています。
髙橋 第二世代抗精神病薬で十分な回復が図れない患者さんもいらっしゃいますが、そうした患者さんへの治療はどのように行われるのでしょうか。
石郷岡 現在使用されている抗精神病薬にも、効果の面では不十分な点がまだ残されています。最低2種類の抗精神病薬を十分量、十分期間使用したにもかかわらず、幻覚や妄想などの症状が継続する、あるいは陰性症状が強いためにケアギバーの介助を多く必要とするなど、十分な機能回復が得られない場合には、「治療抵抗性統合失調症」と診断されます。
こうした患者さんに対しては、現在ではクロザピン(クロザリル®)という抗精神病薬による治療を行うことができます。また薬物療法だけでなく、心理社会療法をより積極的に組み合わせたり、あるいはECT(電気けいれん療法)を併用したりして、薬物療法の効果をさらに強めるという選択肢も検討します。
髙橋 日本でクロザピンが使用できるようになったのは、2009年からですね。
石郷岡 開発されてから長い歴史のある薬剤ですが、紆余曲折があり、日本では2009年に、ようやく使用できるようになりました。
第二世代抗精神病薬の登場により統合失調症患者さんの機能の改善が期待されるようになる一方で、治療抵抗性統合失調症では大幅な回復が望めない時代が長く続きました。欧米諸国から20年近く遅れはしましたが、クロザピンの登場により治療抵抗性統合失調症患者さんの機能回復にも可能性が開かれたと言えます(図1)。
クロザピンは、症状の改善効果が優れていることに加え、攻撃性を改善する、自殺を抑制する、あるいは服薬継続率が高い、再入院率が低い、相対的死亡リスクが低いなど、社会生活をしていくうえでより重要な指標の改善が報告されています。
他の抗精神病薬2種類以上を十分量、十分期間使用しても改善しない場合に使用するという意味において、日本でも海外でも、クロザピンはサードラインの治療と位置づけられています。

髙橋 クロザピンを使用するうえで、注意すべきことはありますか。
石郷岡 第一に、副作用への配慮が十分になされる必要があります。クロザピンでは他の第二世代抗精神病薬に共通する副作用が全般的にみられますが、特に注意すべきものとして、無顆粒球症や白血球減少症などの血球に対する副作用、心筋炎や心筋症など心臓に対する副作用があります。また、第二世代抗精神病薬に共通する副作用である耐糖能異常については、クロザピンでは特に高血糖を引き起こすリスクが大きいため、糖尿病患者さんでは原則禁忌となっています。
こうした副作用への配慮から、クロザピン使用時には医療従事者(医師、薬剤師、コーディネーター)、医療機関、患者さんをCPMS(クロザリル患者モニタリングサービス)に登録して、継続的に血液および血糖のモニタリングを実施することが義務づけられています。また、クロザピン導入時には原則18週間入院していただき、医師の管理下で治療を開始します。さらにクロザピンを使用する医療機関には、重篤な副作用が出現した際には他科との連携などにより十分な対応ができる体制を整えることが求められています。
石郷岡 東京女子医科大学では、クロザピンをいち早く導入して治療抵抗性統合失調症の治療に取り組んできました。そこでは薬剤師のみなさんにも多くの役割を担っていただいています。髙橋先生から、具体的な取り組みについてご紹介ください。
髙橋 当院における取り組みの最大の特徴は、薬剤師がクロザピン導入時の適合検討から、退院後の外来治療維持まで、医師との協働で治療を進めるシステムが構築されていることにあると思います(図2)。
導入前に主治医から患者さんやご家族に説明後、薬剤師が面談し、理解度を確認して主治医に報告したり、不明な点は質問に答えています。その後も適宜、相談窓口としての役割を果たしています。また入院時に同意書を取得するときには薬剤師が同席し、すべての患者さんへの服薬指導を行い、クロザピンを服用することの意味や副作用に関する注意事項などを説明し、安心して服用を続けていけるよう心がけています。また投与初期に重篤な副作用が生じやすいため、副作用のモニタリングにも力を入れています。
退院前には、患者さんやご家族ら服薬支援者と退院後も適切な服用を継続していけるように話し合い、いろいろな提案をしています。また外来移行後は、服薬状況、喫煙者の喫煙状況、糖尿病患者さんの血糖値の確認などを行います。
薬剤師がクロザピン導入前から服薬指導を開始することで、退院後のアドヒアランス維持にもつながっていると感じています。
またクロザピン治療においては、従来の薬剤師業務に加え、採血オーダーの依頼や退院後の通院日程調整などのコーディネーター業務も薬剤師が兼務しています。

石郷岡 一般に治療の選択においては、その有用性と負担のバランスを考慮することが大切です。クロザピンでは高い治療効果が期待できる一方で、重大な副作用のリスクや経済的な負担などが問題になります(図3)。したがって医療者は、負担と有用性のバランスを十分に考慮しなければなりませんし、そのバランスについて患者さんやご家族に説明できるスキルが求められます。
これまでの治療で改善が得られず、散々つらい思いをしてきた患者さんにとって、新たな治療でよりよい状態になれる将来を想像するのは難しいものです。これ以上、入院してまで治療をすることの意味をなかなか見出せない方が多いので、そのあたりをうまく説明し伝えることが大切になります。その点、これまでも服薬指導などで患者さんやご家族とのコミュニケーション力を磨いてきた薬剤師のみなさんには、期待しています。
髙橋 患者さんへの説明については、主治医が同意書を取る際の説明に同席させていただいているので、医師からの説明内容を把握したうえで、薬剤師の視点から改めて説明をし、患者さんやご家族の質問にもお答えするようにしています。
新たに配属になった薬剤師には、ベテラン薬剤師が患者さんに説明をする際に同席させ、具体的なアプローチ法を学んでもらいます。ベテラン薬剤師がアドバイスするといった工夫により、スキルアップに努めています。

石郷岡 薬剤師として患者さんから得た情報を、主治医に伝えるという重要な役割も果たしていただいています。
髙橋 当院ではクロザピンは院内処方としていますので、入院中はもちろん、退院後も、薬剤師が患者さんの情報を得やすい環境にあります。患者さんやご家族は、外来診察時にはなかなか主治医に話せないようなことを薬剤師には話してくださることが多いので、特にクロザピンを服用している患者さんやご家族への対応には時間をかけるよう心がけ、そこで得られた情報を主治医にフィードバックしています。
また、導入時から外来まで、薬剤師が一貫して患者さんと関わっているので、たとえば主治医が交代したり、患者さんが外来へ移行したときに、新しい主治医や外来の看護師に、患者さんのこれまでの様子などを情報提供することで、治療の継続性確保にも貢献できているのではないかと考えています。
主治医の先生方からは、使用薬剤の変更や相互作用などについて相談をいただいたり、薬剤師から副作用の徴候をフィードバックしたときには薬剤の変更を検討していただくなど、薬剤師の専門性を尊重してくださる関係性が築けていることも、連携をよりスムーズなものにしていると感じています。
石郷岡 統合失調症の治療は、患者さんの社会復帰の実現が最終的な目標ですから、医師、薬剤師、看護師らの医療スタッフ、さらにはソーシャルワーカーら多様な職種が連携を図り、チーム医療で患者さんを支えていく必要があります。
チーム医療の質を上げていくには、それぞれの立場から情報発信をし、チームとしての情報量を増やし、共有していくことが大切だと考えています。
髙橋 クロザピン導入時から一貫して関わる立場から、これからも薬剤部がチーム医療のキーステーションとして機能し、治療に取り組む患者さんやご家族を支えていく力となりたいと思います。
本日は、どうもありがとうございました。
統合失調症の治療に取り組む患者さんからの質問に、薬剤師はどのように答えるべきか。薬剤師のお立場から、髙橋先生に回答いただきました。
統合失調症の薬物療法において、とりわけクロザピンは服薬状況の確認が重要な薬剤です。患者さん自身による服薬管理が可能と思われた場合でも、実際には飲み忘れたり、服薬を放棄してしまったりすることがしばしばあります。そこで退院後の継続治療においては、ご家族に服薬状況を確認していただくよう指導することが大切になります。
たとえば食卓の上に1日分の薬を箱に入れておき、ご家族にも服薬状況を確認してもらうなど、患者さんの生活習慣やご家族との関係を考慮しながら、よりよい方法を薬剤師から提案するようにしています。ご家族による管理にも不安がある場合には、服用後のシートを外来診察時に持参してもらい、薬剤部でチェックしています。
しかし、ご家族による服薬状況の確認が患者さんへの過干渉となり、ストレスを与えてしまうことも懸念されます。何よりも患者さん本人の納得が大切なので、入院中から患者さん、ご家族、薬剤師の三者で話し合い、時間をかけて信頼関係を築いていくように心がけています。
(Vol.15 No.3 2011年12月更新)